飼っていた猫が死んだ。たぶん6歳くらいで、うちに来てからは5年だった。

最初は先代の猫が死んだ後しばらくして、寂しがっていた母が、知人の保護猫活動をしている人づてに家に連れてきたのがはじまりだった。

柄は白黒のハチワレで女の子。大きな丸い目をしているせいでいつもびっくりしたみたいな顔をしていて、いわゆる美人ではなかったけれど、愛嬌のあるかわいい猫だった。雌雄差もあるとは思うが、もう一匹飼っている男の子の猫に比べて一回り小さくて、基本的に猫に力で負ける私でもかるがる抱っこできるような子。頻繁にゲボを吐くから気づかずふんじゃったことも何回もあった。ご飯があんまり好きじゃなくて遊ぶほうが好きだった。私をナメていて、明らかに父や母に対する態度ととは違う態度を取っていた。よく噛まれたし、蹴りも入れられたけど、お腹を見せて撫でろのポーズを取ることもあったし、それなりに懐いてはいたんじゃないかな。

そして、それまでも「てんかん」のような発作を見せることはあったんだけど、容態が急変したのが5月の中旬、大体一ヶ月前くらいのことだった。なんだかいつもより息が荒くて、不安に思った母が病院に連れて行くと盛大にゲボを吐いたらしい。結果、その嘔吐がきっかけで誤嚥性肺炎を発症し、同時に心筋症であることも発覚した。その頃の私達家族というともうお通夜状態で、あまりにも苦しそうだから安楽死させてあげたほうがいいんじゃないか、なんて話も出ていたくらいだった。

けれど、そこから動物病院の方々の治療により、とりあえず誤嚥性肺炎は治り、しばらくして入院していた病院から退院できるようになった。最初は時々辛そうだったけれど、だんだん完全じゃないにしても元気を取り戻し、私の手を噛んだり食器棚に侵入したり母親と一緒に寝たりするようになった。母と私の誕生日(6月5日と6日)まで持たないかもしれない、なんて最初は思っていたけれど、猫二匹に留守番させて近所のレストランで外食も出来て、良かったなと思ったのを覚えている。こないだは私が投薬できるようになったのを良いことに母と父は好きなバンドのライブに行っていたっけ。

そんなゆるい感じの日常が終わってしまったのが、昨日(12日)の夕方。すこし息が荒くなって調子が悪そうにしていたから、お医者さんに見てもらおうと父が病院に連れて行ったところ、結構まずい状況だということが発覚。24時間体制で見てもらえる救急病院につれていく途中で更に容態が悪化して、とりあえずその救急病院に猫を入院させて父が戻ってきたのが21時くらいだったかな。今夜が峠だと伝えられて、明日の早朝にもう一度行くけど一緒に来る?なんて言われて、行くよって返して、もう日付変わるしそろそろ寝なきゃな、なんて思ってたら家の電話が鳴って、ああもう駄目なんだなって全てを悟った。急いでそこら辺に出してあった適当な服に着替えてタクシーに乗り込んで向かったけれど、タッチの差でもう亡くなっていて、私と父とテレビ電話の向こうの母は泣くことしかできなかった。

そして今家に帰ってきて、遺体の保管場所を整えて、もうやることも無くなったけど寝るにも寝られず、この文章を書いている。

私が思ったことはふたつあって、まずひとつは、5月中旬からの一ヶ月くらい、家で一緒に過ごせて良かったな、ということ。心筋症は治る病気じゃないってみんな分かってたから、あとはもうタイミングだけで数週間か数ヶ月かの違いはあってももう長くないって覚悟を決めることが出来た。最初の数日で心の準備もできないまま病院で亡くなっちゃうんじゃなくて、最後の日々をいつも通りすごすことが出来たのは、結果としてだけど少しのあいだお別れを言う期間を貰えたってことなのかなと思う。おくすりをあげなきゃいけないとかの違いはあったけれど、ちょっとだけ前までの日常が戻ってきたような気がしたから。

もうひとつは、もし魂のようなものがあったとして、その魂が今幸せにしているといいなということ。わたしは神様の存在も魂の存在も全く信じていなくて、この悲しさも心じゃなくてただの電気信号だと思っているけれど。もし荒唐無稽な妄想を許してくれるなら、救いとして、今までの猫生が苦しいこともあったけどそれなりに幸せだと思ってくれていて、今は天国(のようなところで)思いっきりゴロゴロして昼寝して遊んでいたらいいのにな、と願ってしまうんだ。

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