はじめ
今更すぎる!!!??!?!?!?!うるせーーーーーーーー
読みたいと思った時が読み時だし、書きたいと思った時が書き時なんだよ!!!!!!
てか全体的に長過ぎる。私が時間かけ過ぎなだけかもしれないけど。読了までに26時間以上かけたし、メモは1万字を越えた。でも、読んで良かったと思えたし、このような物語を生み出してくれたアークナイツには感謝しかない。
ヴィクトリアの公爵たち
今回一番印象が変わったのはヴィクトリアの公爵たちだった。今までは内ゲバばっかりしている頼りにならない上層部という印象で、シージたち模範軍やロドス、自救軍等が話を動かすためにはその立場でいてもらう必要があるだろうな、と納得していた。確かにアラデルやデルフィーン母などは一つの見せ場を作ったけれど、それは彼女たち個人のキャラクターであり、他の貴族たちは装置になるだろうなと思っていた。
だけど、実際はそうではなく、公爵たちも良いキャラをしていた。いや、内ゲバはしていたけどさ。戦後のヴィクトリアのことに考えを巡らすカスターやゴドズィン、生ける伝説としてネツァレムと戦うウェリントン。彼らは何も考えていない愚かな存在なのではなく、「代償」を支払う覚悟の上で、統治者として自身の望む形の未来のために手を打っているのだと感じられた。それはロドスの理念や価値観とは異なるものかもしれないけれど、自分の手の届く範囲の世界を(自分たちにとって)良いものにしようとする意思を持った人々だった。彼らなりの価値観や方法で、覚悟を決めて戦っている。その点に関して、彼らを「嫌な悪役」とすることはできなくなったし、そうしたところを見せてくれるのがアークナイツの好きなところだなと思った。
レユニオンの向う先
レユニオンについて。「アナンナ」が胎動し事態が展開していく中、レユニオンはキャサリンたち工員に接触し、「ここで起きた全てをただの『代償』としか見なしていない権力者どもの手から」「自分たちの都市を奪い返す」手伝いをしようと協力を持ちかける。この主張は、後述するテレジアの動向とも重なり合って、アークナイツにおけるテーマの一つとなる主張だと感じた。
私は前段で公爵たちが「代償」を支払う覚悟の上で未来のために行動を起こしている、と書いたが、この「代償」となるのはなんだろうか。それは使われる兵士であり、ロンディニウムに住む普通の人々のことだろう。また、たとえ自分の命をその代償として支払うつもりであったとしても、自分の意思で「代償」とする自分の命と、知らない間に「代償」にされる人々の命では天と地ほどの差があると言えないだろうか?権力者が選択し、与える「運命」の中で、感染者や工員たち、そして多くの一般市民は生き、死ぬしかない。新生レユニオンは感染者問題を越えて、その不平等を指摘し、それに抗う組織となることに意義があると思う。誰かに与えられた運命ではなく、自分自身の生を勝ち取るための組織として。
公爵たちの姿が描かれたこともその点で意味を増してくるだろう。彼らなりの理念に基づき戦う公爵たちの姿からは、「悪意」といったものは感じられなかった。彼らは悪意なく、誇りを持って不平等の上に立ち、失われる人々の命や生活をただの「代償」と見なしている。現実世界においても、差別は悪意によって行われるのではないし、足を踏んでいる側は踏んでいることにすら気づいていない。だからこそ、踏まれている人々自身が抗い、声を上げ、自分たちに目を向けさせる必要がある。企業であるロドスに”助けてもらう”のではない、当事者たちによる運動=ムーブメントとして、レユニオンだからこそ為せることがあるはずだ。
テレジアが抗った「神」と「運命」
14章はアークナイツが「神」の与えた運命に抗う物語だということをはっきり提示した章になったと思う。私が気づいたのがこのタイミングだっただけと言ってしまえばそうなんだけど。実際、『孤星』では「保存者」が、『バベル』ではドクターたち旧人類が、それぞれ「神」に喩えられていたところからもっと早く気付けても良かったのだろう。
私はレヴァナントが「天から火を盗んだ英雄の神話の起源はサルカズにある」と語っていたところでやっと気付き、テレジアの目的が明らかになるにつれて気付きは確信に変わっていった。
ミノスの神話において、ある英雄が人の世のために火種を盗み、それにより天の罰を受け、永遠に焼かれ続ける苦しみを受けた。
14-15 戦闘後
この神話の起源が……サルカズにあることを知る者はほとんどいない。
テレジアは「サルカズの魂」と共に去っていった。彼女は源石がサルカズの「檻」となることを許さず、運命など存在すべきではないと断じ、サルカズたちは変えることができる未来を初めて手にした。テレジアは今を生きるテラの人類として、「神」=旧人類の計画に抗い、未来を勝ち取ったのだ。
アーミヤ、「運命」など、存在すべきではないものなのよ。
14-21 戦闘後
ええ、私は源石が私たちの檻になることを許さない。
14-22 戦闘後
私の行ったあらゆる努力はすべて、サルカズに完全なる自由をもたらすためだけのもの。
生と死、サルカズはいずれについても自由であるべきよ。
Logos、去ることは私たちの解放でもあるのよ。
14-22 戦闘後
万年にも及んだ憤怒の囁きはなくなり、永遠に忘れられない苦難の伝承もなくなる。
私たちは、変えることができる未来を初めて手にした。
そして、この構図をそのままに、旧人類を統治者に、サルカズやテラの人類を弱者や一般市民に置き換えたものが先に述べたレユニオンが掲げる(べき)理想なのではないかと思う。誰かに与えられた運命ではなく、自分自身で選択する未来を求める。14章では様々なドラマや問答が繰り広げられたけれど、その一つの総括としてこのテーマがあるのではないだろうか。
また、少し話はずれるけれど、「サルカズの魂」が去ったということはサルカズの「死後の行き先」が失われたということでもある、というのが美しいと思った。最後、去っていくテレジアにLogosがこれからのサルカズの死後の行先を問うと、テレジアは「分からない」と答える。「サルカズの魂」はサルカズを縛り付ける運命そのものであり、終わりなき憤怒や苦難の根源であったかもしれないけれど、一方で死後の約束でもあった。「神」の運命から抜け出したサルカズたちは今後不確かな世界を生きることになり、もう定められた運命を頼りにすることはできない。「サルカズの魂」を見送ったLogosが、向うべき場所がなくなった同胞の魂を自身が導き渡す決意を固めたことに代表されるように、これからのサルカズは自分自身で歩むべき道を探していく必要があるのだろう。
おわり
14章、この文章を書くためにところどころ読み返して、まだ全然味するな…と思った。時系列上この先にある「孤星」の深みも変わってきている気がする。14章を経て、「弁論」の中でテレジアに出会ったドクターは何を感じたのだろう。テレジアの内面とか、もう一つのテーマであると考えている「継承」についてとか、もっと書きたいことはあった気がするんだけどひとまずここまでにします。ありがとうアークナイツ。ありがとうハイパーグリフ。この物語に出会えて良かった。
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